龍玉師匠の良さについて語る
8月17日に開催されます、第三回「龍玉部屋」まで、残すところ三週間を切りました。
今回は真夏の純愛物語、「お初徳兵衛」のネタおろしです。
「お初徳兵衛」は古今亭のというか、金原亭のというか、龍玉師匠の一門のお家芸的な噺なので、師匠がどんな感じでやるのか、個人的にすごく楽しみです。
あと、この噺は季節限定のネタなので、8月にネタおろしとなると、今シーズンは他の会でかける機会があまり無いような気がします。
そこで、ぜひ沢山のお客さんに「龍玉部屋」にお運びいただきたい、師匠の「お初徳兵衛」を聴いてもらいたいという気持ちを込めて、今日は龍玉師匠の良さについて熱く語ります。
それでもって、読んだ人が「龍玉師匠を聴きたくて聴きたくてたまらないよー」という風になると良いのですが、例えそうならなくとも、ぜひ「龍玉部屋」に遊びに来てください。
さてさて。
昨日は新宿二丁目の道楽亭で隔月開催されている龍玉師匠の会に行きました。
この会で師匠は圓朝物の連続口演に挑戦しており、いまは「真景累ヶ淵」をやっているのですが、手元の記録を調べてみると、発端の「宗悦殺し」をやったのが去年の7月なので、ちょうど一年になります。
昨日は「迷いの駕籠」という部分で、主人公・新吉の叔父の勘蔵が、死を前にして新吉の出自の秘密について語り、さらにそこから新吉が恐ろしい一夜の体験をするに至るまでを描いた、かなりドラマチックな内容でした。
師匠は、いつもそうですが、終演後に出来が悪かったようなことを言っていましたが、なんのなんの、実に聴きごたえのある高座でした。
今回は勘蔵の長い告白が聴きどころなので、そういうメインの部分はもちろん良かったのですが、他にもため息の出るような箇所が随所にありました。
特に激しく雨の降る夜中、新吉を乗せた駕籠が何故か道に迷い、その怪しさをいぶかる駕籠かきの表情や台詞回しが素晴らしかったです。
師匠はそういう脇役とか本筋から幾分外れたところにも丁寧に光をあてるので、どの噺も聴くたびに良いところが見えてくるような気がします。
ちなみに、昨日は一席目のマクラで、これまでの粗筋をざっと解説したのですが、これが滅法面白かったです。
粗筋を説明しながら「そんなうまい話があるわけない」とツッコミを入れて噺から遠ざかったり、そうかと思うと落語として再現して噺に近づいたり、自在に噺との距離を変えつつ、笑いを交えつつの語りで、こういうひとつの芸があっても良いように思いました。
そもそも龍玉師匠は、独演会以外だとフリートーク的なマクラはほとんど振ることがありません。
ところが龍玉師匠のマクラは、すごく面白いのです。すごく面白くて、すごくボヤキます。
未体験の方には、ぜひ一度聴いていただきたいと思います。
唐突ですが、落語にはいろいろな楽しみ方があると思うのですが、そのひとつに「型」を楽しむという聴き方があると思います。
これは、落語をひとつのコリオグラフというか、語りという音声も含めた身体運動として捉えて、見たり聴いたりする楽しみ方です。←言いたいことが伝わっているだろうか?
分かりやすくジャッキー・チェンのアクションを例にとると、ジャッキーが敵と戦って、敵を殴ったり蹴ったりして倒す、その敵を倒すということに快感を覚える人も多いと思いますが、敵を倒そうと倒すまいと、アクションそのものを見るだけで快感を思える人も多いと思います。
そういう「ストーリーを伴う身体の運動」を見ることが快楽につながることがあるのですが、そういう快楽を見る者に与えてくれる才能を持つ人は世の中にごくわずかしかいません。
落語家の中にも何人かそういう人がいますが、龍玉師匠は、その才能を持つ人の一人であると僕は考えています。
うーむ、この部分はいまひとつ上手に説明できないので、また機会があれば掘り下げて書きたいと思いますが、結論として伝えたいのは、龍玉師匠はごく珍しい才能を持つ語り手であるということです。
こういう噺家さんは同じ噺を何度聴いても飽きないし、むしろ同じ噺を何度も聴くことでより良さを感じることができます。
ここのところ、龍玉師匠は「東京かわら版」で兄弟子と一緒にインタビューされたり、国立演芸場の花形演芸会でのトリが決まったりと、非常に注目されている、勢いのある噺家さんです。
この勢いを、一人でも多くの方に聴いていただきたいと思います。
というわけで、最後にもう一押しの宣伝です。
蜃気楼龍玉独演会、第三回「龍玉部屋」は8月17日にお江戸両国亭で開催です。
ご予約はrakugoten@yahoo.co.jpまで、お名前、ご連絡先、人数をメールしてください!
皆様のお越しをお待ちしております。